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update:2019年12月19日

川内協子さん

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カッコよくて面白い人がたくさんいるこの島が大好きです。

 

川内 協子さん

2016年・北海道から移住

宮城県出身。おきえらぶ百貨店オーナー。

国語教師として地元の大検予備校や岩手県の高校で教鞭をとる中で、家庭での食事環境が生徒たちに大きな影響を及ぼしていることを目の当たりにし、「食に関わる事業を起こしたい」と考えるようになる。

経営の勉強をするため東京に移住後、北海道に拠点を移し農業、漁業に従事。北海道の休耕期間を利用して沖永良部島でジャガイモ栽培を手伝うようになり、結婚を機に移住した。

根底にあるのは「食」への思い。それが巡り巡ってこの島へ。

私は元々、国語教師をしていました。最初に勤めた大検予備校でも次の私立高校でも、率直に言って学力もモチベーションも低い生徒たちを見てきたのですが、彼らが朝から教室で長いパックのコーヒー牛乳を片手に菓子パンを食べている姿に違和感を覚えていました。そのことについて保護者面談で尋ねると、母親は決まって「朝食を作る時間がない」と答えるのですが、本当はそうではなく、作る気持ちが奪われているだけだと感じました。家庭に入ってしまうと世の中と繋がれなくなってしまうという不安から外の世界に目を背けてしまっていて、子育てをあまりいいものだと思えていないことが伝わってきました。お母さんという仕事は世界一すばらしい職業のはずなのに――。

こうした経験から私は、お母さんが一番偉いんだという空気を世の中に浸透させられるような事業を起こしたいと考えるようになりました。家庭でどんなものをどんな気持ちで食べるかは、子どもにとってとても大切なことです。つまり、お母さんがどれだけ食を大事にしているか。料理を作っているときのお母さんの気持ちがすごく大事なんです。例えば無添加の食材を選んだとしても、それを冷たい気持ちで食べていたら意味がないですから。

30歳のときに「40歳で事業を立ち上げよう」という目標を立て、東京に出て経営の勉強を始めました。その後、日本食に欠かせない昆布について勉強するため北海道に移住。遠軽町という町でブロッコリー栽培をしながら、昆布漁の時期だけ利尻島に行くという暮らしを送っていました。しかしブロッコリーの収穫は10月末で終わってしまうので、「3年間1日も休まずに農漁業をやろう」と決めていた私は、休耕期間を利用して別の場所で農業の勉強をすることにしました。一年目は宮古島でカボチャ栽培のお手伝いをしましたが、そのときお世話になった農家さんが高齢で引退されることになり、二年目はどうしようかと考えていた矢先、北海道の農業仲間がジャガイモ(種芋)を沖永良部島に送るという話を聞き、この島を知ることになりました。

ジャガイモが繋いでくれたご縁で結婚し、島に移住。

初めて沖永良部島に来たのは2012年のことでした。3日間の旅程でジャガイモ農家の視察をしようと宿を調べていたのですが、ネット検索で唯一ヒットしたフローラルホテルが満室。どうしようかと困っていたところ、知り合いが知名町にある「スナック蘭」のママを紹介してくれて、ありがたいことにスナックの寮を借りることができました。さらに、ママのご主人がジャガイモを作っているという偶然も重なり、昼間はジャガイモ畑を手伝い、夜は人手不足のスナックで働きながら、地元の人たちとの交流を深めていきました。沖永良部島に通うようになって数年が経ったころ、島での滞在の様子を書いた私のブログをたまたま読んだ主人が、私のことが気になったんでしょうね(笑)……スナックまで会いに来てくれたんです。そんなご縁で、2016年のお正月に結婚し、島に嫁いで来ることになりました。

信頼できる食品だけを扱う「おきえらぶ百貨店」をオープン。

結婚後、友人たちが来島し、島のバーで15名ほどの小さな結婚パーティーを開いてくれることになりました。そのメンバーの中に映画やテレビドラマにもなった『はなちゃんのみそ汁』の著者である安武信吾さんがいたんですけど、せっかくなので映画を上映しようということになり、中学校の図書室を借りて上映会が行われました。直前の告知だったのにも関わらず50~60名の方が観に来てくださって、上映後は安武さんが味噌について話をしてくれました。そのとき、ある女性が「この島には丸大豆で作られた昔ながらの味噌が売っていません。ネット通販で買っているけれど送料が高くついてしまいます」と、島の不便さを口にされました。すると、その場にいた何人もの方が「私も」と同調されたんです。

かく言う私自身も、島に来てから調味料のことで困っていました。例えば、島には「みりん」ではなく「みりん風調味料」しか売っていない……。「だったら、島では手に入りにくい調味料や食材を扱う無人販売所みたいな場所を作ってみようか」「地域の人が自由に使えるフリースペースを兼ねてもいいね」なんて仲間と意見を交わしていたときに、タイミングよく県道沿いのコンビニが空き店舗になり、半ば勢いでそこを借りることになりました。そして改装工事をして、2018年2月におきえらぶ百貨店(外部サイトへリンク)のプレオープンにこぎ着けました。 おきえらぶ百貨店

 

移住者が増えれば、この島はもっともっと面白くなる。

私が移住することを伝えたとき、友人たちは口を揃えて「大丈夫?」と言いました(笑)。おそらく、島には都会のようにたくさん店もないし、刺激もなくて退屈なんじゃないかと心配してくれたんだと思います。でも私からすれば、何もないのは都会の方で、この島には生きるためのものがすべて揃っている。もちろん東京は東京でいいところもありますが、生きることを考えたときに何でもあるのは島だと思います。まず、都会にはすべての源になる「土」がないですから。

反対に、都会に住む友人に「なんで移住しないの?」と尋ねると、「仕事がない」という答えが返ってきます。とんでもない。島にはいくらでも仕事があります。たくさん稼いで豪華客船に乗るのは難しいかもしれないけど、誰だって生きるための主軸は食べることなんだから、本当はそんなにお金なんて必要ないじゃないですか。だから山手線で生気のない顔をしている人を見ると、「島に移住してきたらいいのに!」と言いたくなります。今でも十分、沖永良部島には面白い人が集まっていると思いますが、移住者が増えるともっともっと面白い島になっていくような気がします。

島の暮らしで一番楽しいのは、島の人たちと星を見ながらお酒を飲むこと。優しくて、面白くて、芯の通ったカッコイイおじいやおばあがこの島にはたくさんいます。ずっと農業をやってきた人って自分の中に哲学があるんでしょうね。そういう人たちと世代を超えてコアな話ができる時間をすごく愛おしく思います。また、婦人会に参加させてもらったり、子どもたちと一緒に市販のカレールーを使わないカレー作りをしたり、地域の活動を通しても新しい発見がたくさんあり、日常がとても新鮮です。みなさん寛容で、移住者に対しても受け入れ態勢があるので打ち解けやすく、ここに移住してきて本当によかったなと思います。

(2019年4月取材)

移住までの道のり

  • 2012年 ジャガイモ栽培を勉強するために初めて沖永良部島に来島し、通うようになる
  • 2014年 沖永良部島でご主人と出会う
  • 2016年1月 結婚し、島に移住
  • 2018年2月 おきえらぶ百貨店をオープン

島暮らしの“困りごと”

  • やはり、飲み水と調味料(前述)です。水は硬度が高いため、正直私の口には合いません。また、沖永良部島では農業が盛んなため農薬がよく使われています。小さい島が故に、それがダイレクトに私たちの暮らしに跳ね返ってくるのでは?と、危機感を覚えることがあります。農薬散布や家庭での合成洗剤の使用など、自治体ぐるみで意識改革を呼びかけていかなければならないと思います。

 

お問い合わせ

知名町企画振興課

891-9295 鹿児島県大島郡知名町大字知名307番地

電話番号:0997-84-3162

ファックス:0997-84-3172

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