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国指定史跡住吉貝塚

国指定史跡住吉貝塚先史時代の遺跡である住吉貝塚は、沖永良部島の西海岸に所在する縄文時代後期〜弥生時代初頭併行期にかけての貝塚を伴う集落遺跡で、北側に谷を控えた海岸崖上の標高約12mの緩やかな南西向き斜面地に立地しています。昭和32年、九学会奄美大島共同調査考古班によって発掘調査が行われた住吉貝塚は、琉球石灰岩の礫を壁面に組み上げた琉球列島中部文化圏独特の住居跡が発見され、同時期に調査が行われた奄美大島の宇宿貝塚、徳之島の面縄貝塚とともに学史的に有名な遺跡です。近年、同貝塚周辺の農業基盤整備事業計画が浮上したため、遺跡の範囲や内容を確認するための発掘調査を実施し、遺跡の規模が東西120m、南北100mに及ぶことが判明しました。発掘調査では、14棟の竪穴住居跡と3基の土坑、2箇所の貝塚が確認されたほか、竪穴住居廃絶後の窪みに食料残滓などを廃棄することで形成された小規模な貝塚(地点貝塚)が数多く見られました。竪穴住居跡については、ほぼ削平を受けることなく良好な状態であったことから、縄文時代後期には地面を掘り込むだけの構造であったものが、縄文時代晩期〜弥生時代初頭併行期には掘り込みの壁面に琉球石灰岩を組み上げる構造へと変遷する過程を確認することができました。自然遺物では、炭化した木の実や遺跡の前面に広がる珊瑚礁や岩礁域に生息する多くの魚類・貝類のほかに、外海域を回遊するトビウオ科の遺体も確認されており多様な漁労活動の一端を明らかにしました。人工遺物では、琉球列島中部文化圏独特のジュゴンやサメ、ヤコウガイなどを素材とした装身具に加え、九州島から搬入されたと考えられる土器や佐賀県の腰岳産と考えられる黒曜石も確認されています。以上の点などから、当該期の琉球列島中部文化圏の独特な生活様式や生態系の復元、他地域との交流を知る上で重要な遺跡として平成19年7月29日に国史跡に指定されました。

現在,遺跡は保存のため埋め戻してありますが、保存・活用を図るための史跡整備について検討を行っています。なお、出土した遺物の一部は、「あしびの郷・ちな」のロビーに展示しています。

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知名町の概要
町制施行 昭和21年9月1日
町面積   5,330ha